
先日記事にした
飯高壇林ですが、余談としてお話をお聞き頂きたい。先日の記事を読まれていない方は是非読んでから。
父は以前飯高壇林周辺にある「牛屋」さんを診療にまわる獣医でした。このあたりは杉林が生い茂っているため、夕方になると畜舎への入り口が分からなくなるほど鬱蒼としていたそうです。
毎日診療に行く、知人の牛屋さんからこんな話を聞いたそうです。
「先生、実はうちには大量の小判があるんですよ」
ことの発端は大正時代。
飯高壇林周辺の杉林の大きな杉が何本かが台風により、倒れてしまったのだそうです。その始末を任されたのが、この話をしてくれた牛屋さんの祖父に当たる方でした。おじいさんは仲間と2人で倒れた杉を始末に行きました。
杉は成長すると、根元に人1人入れるほどの大きな洞(ほら)を作ります。空洞になるので、台風になると倒れてしまうものもあるのだそうです。おじいさんたちはせっせと後片付けをしていると、ある1本の杉の洞の土の中から、大きな瓶(かめ)に入った小判がざくざく出て来たというのです。
今すぐはまずいので、時間が経ってから・・・・と、おじいさんと仲間は2人でこっそり小判を山分けにしました。「これは子供や孫にいい土産ができたわい」とおじいさんは大変喜んでいたそうです。
そして時が流れます。
その小判も大正、昭和、平成を経て、おじいさんからその子供へ、そして孫に当たる知人の牛屋さんへと引き継がれました。その小判を子孫に残したおじいさんは随分前になくなってしまいましたが、一番楽しみにしていたのは多分このおじいさんだったことでしょう。
小判を引き継いだ知人の牛屋さんは、もうそろそろいいんじゃないかと、小判を携えて鑑定してもらいに行きました。作られた年や大きさ、純金の混ざる割合により小判の価値は様々ですが、3代に渡って隠し持ってきた大量の小判なわけです。期待に胸を膨らませ、出た結果は・・・
「全部ニセ小判だったんですがね」
全部偽造小判だったんです(笑)
「一番幸せだったのはウチのじーさまかな。
偽物とは知らず、孫子にいい土産を残したと思って死んだんだから。
ロマンだねぇ」
知人の牛屋さんは笑って言ったそうです。
3代に渡って夢みた結果がコレでも、ロマンのある話です(笑)
うまい話にはそれなりのオチがあるわけですね。
その話を聞いた後、実は父がニセ小判を1枚もらったそうです。
確かに子供の頃家に小判があったのを記憶していますが、それはどうなったのかと聞くと、父が子供の頃に御世話になった呉服屋のおばあさんに、その話をしたところニセ小判でも欲しいといったのであげてしまったそうです。写真を撮りたかったのに残念。史料的な価値は十分にあるとは思います。
さてそのニセ小判ですが、どうして飯高壇林の杉の洞にあったのでしょうか?
ここからは確証もない話となりますが、知人の牛屋さんいわく、
「壇林の坊主たちが作っていたんじゃないかね。
人も来ないような山の中とはいえ、生きてくには金がいる」
それもあの壇林周辺を見れば納得できるような気がします。
杉林を眺めながら思いを馳せる、これまた浪漫というもの。
ここの杉林のみが知る真実。